自転車利用で認知症リスクが低下、クルマの運転も有益 [No.195]
こんにちは、Brain100 studioです。
毎日の移動手段に何を使っていますか?車、電車、歩く?
自転車は疲れる・時間がかかると敬遠されがちかもしれません。
車の運転は歩く機会を減らすから良くない?
今回の研究から明らかになったのは、通勤時以外での自転車移動やクルマの運転、空間ナビゲーションを伴う移動手段が、10年20年先の認知症発症率にまで影響を及ぼしていたという驚きの事実です。日常の移動習慣が脳にとってどんな意味を持つのか、その研究成果をご紹介します。
■ 一目でわかる研究結果
中年期に自転車を移動手段として使っていた人は、
- 13年後の認知症発症率が低かった
- 若年性認知症も含め、すべてのタイプの認知症での発症リスクが減少
- 海馬の体積も、自転車利用者のほうが維持されていた
「車でも自転車でも、空間ナビゲーション活動は有益」とも示されました。
■ 48万人を13年追跡
この研究は、2006年から2010年に収集された英国の医療データベース「UK Biobank」約48万人のデータをもとに実施、13年以上にわたって認知症の発症状況を追跡したものです。
対象者はイングランド、スコットランド、ウェールズの居住者で、ほとんどは白人です。収集開始時点で40歳から69歳(平均年齢56.5歳、女性54%)、認知症を発症しておらず、日常生活で歩行が可能な状態でした。
対象者は、通勤時を除く直近4週間に最も利用した移動手段から4つのグループに分類されました。
- 車や電車・バス(運動量が低い)
- 徒歩のみ
- 徒歩+その他(混合型)
- 自転車のみ、または自転車とその他
最も利用割合が多かったのは車や電車(49%)、次いで徒歩混合型(37%)、徒歩のみ(7%)、そして自転車関連(7%)でした。

■ 解析の結果
13年にわたる追跡の中で、およそ8,800人が認知症を発症。
自転車グループは他のグループに比べて発症率が明らかに低く、とくに若年性認知症のリスクは著しく低減していたことが報告されました。
移動手段の違いが発症率に与える影響は「多変量調整*ハザード比**(HR)」という指標で表されます。
※ 多変量調整
解析にあたり発症に影響する複数の要因が調整されています(性別・人種・教育や経済レベル・生活習慣や基礎疾患など)。
※※ ハザード比
(移動手段の違いが)発症率に与える影響を数値化したもの。1より低ければリスク低下、高ければリスクを高める作用を表す。
車/電車グループと比較した自転車利用グループの多変量調整ハザード比(HR)は、
- アルツハイマー型認知症で 0.75
- 全ての型の認知症で 0.81
- 若年性認知症で 0.60
- 老年生認知症で 0.83
でした。
徒歩混合グループもややリスク低減していた(HR 0.94)一方で、徒歩のみグループはHR 1.1とわずかにリスク増加傾向が示されました。
研究チームはさらなる調査が必要としながらも「歩行と、認知機能を要する他の移動手段(例:車の運転)を組み合わせた混合歩行モデル」が、単独の歩行よりもリスク低減に有効である可能性を示唆しています。
参考:複雑な歩行(例:ボールをキャッチしながら歩く、計算をしながら歩く)が、単純な歩行よりも認知機能の改善と関連していることが示されています(2010年 ドイツ)。
■ カギは運動量、そして空間ナビゲーション
移動手段の違いは、運動量を反映するだけでなく、注意力や集中力そして「空間ナビゲーション能力」をどれほど使うかなど、脳の活動の質に差が出ます。
空間ナビゲーションとは?
- どこから来て、今どこにいるかを認識し、目的地までどう行くかを計画実行する空間認知。
- アルツハイマー病の病理が最初期に現れる嗅内野、また海馬領域が司っている。
- 空間ナビゲーション行動により脳神経ネットワークの強靭化が期待される。
数百の職業に従事する労働者を対象にした研究では、空間ナビゲーション活動を最も多く活用した人々がアルツハイマー病による死亡率が最も低かったことが判明しました(2024年 英国)。
その職業は、コースが固定したバスや飛行機ではなく、カーナビに頼らず25,000もの道路に精通したロンドンのタクシーや救急車のドライバー。疾患死亡率が全職業では3.88%、タクシー運転手では1.03%・救急車運転手では0.91%でした。
◾️海馬の体積が保たれた
自転車利用と脳の構造的特徴の関係性を検討するため、MRI脳画像を用いたサブ解析(44,800人が対象)も行われました。
自転車を利用していたグループは「記憶や空間認知に重要な役割を果たす」海馬の体積が保たれていたことが確認されました。海馬の萎縮は認知症の初期兆候として知られており、その体積維持は脳の健康を評価する一つの重要な指標とされています。
なぜ自転車にそのような効果があるのでしょうか?
研究チームは、身体運動・認知的負荷の双方が影響していると見ています。有酸素運動によって脳への血流が促進されるだけでなく、空間ナビゲーション活動やバランスを取りながら周囲に注意を配るという「同時並行の思考活動」そのものが、日常的な脳トレーニングになっているのです。
日常的な習慣としての継続性の高さも重要と述べています。週末だけのスポーツよりも日々の移動で自転車に乗ることは、定期的な脳への刺激となり得ます。

■ 車運転だけのグループは、電車バスだけよりずっと良い
車や電車グループをさらに分けた解析の結果、公共交通のみのグループ(HR 1とする)と比べて
• 車(バイク)のみは HR 0.78
• 車(バイク)+電車バスは HR 0.81
と認知症リスクが優意に低いことも示されました。
この結果は、公共交通機関と比較して、運転が認知的により有益な移動手段である可能性を示唆しています。
本研究では、運転の停止が認知機能の低下と関連する「悪い影響をもたらすライフイベント」であることが示されています。既存の同様の研究結果と一致する、新たな証拠となりました。
運転は、活発な生活を促進し脳を活性化することで、脳健康をサポートする可能性があります。基礎研究では、定期的な身体活動を含む豊かな生活環境が、シナプス形成・神経新生・ストレス関連神経反応の軽減などのメカニズムを通じて脳の可塑性を促進することが示されています。
この研究は観察研究であり、因果関係は確定できません。移動手段は自己報告であり、サンプルにおける人種的・民族的多様性は限定的でさらなる研究を進めたい、と研究チームは述べています。
■ 元論文
Active Travel Mode and Incident Dementia and Brain Structure アクティブ・トラベル・モードと新規発症認知症および脳構造

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